vol.06

マンガ家・アーティスト
しりあがり寿さん

vol.6のセンパイは、マンガ家・アーティストのしりあがり寿さん。
長年にわたって描くのは、どこか「ゆるい」人物たちが登場するギャグマンガ、物語の枠組み自体を問う前衛的マンガ、はたまた風刺や哲学を込めた作品、時にまったくのナンセンス……。人間の営みを俯瞰したような世界観には「まぬけ」の本質も描かれているのでは? サラリーマンとの兼業マンガ家時代を経て独立し、今やアーティストとしても盛んに活動中のしりあがりさんによる、軽やかながら奥深い「まぬけ論」をお届けします。

しりあがり寿(しりあがりことぶき)

1958年生まれ、マンガ家、アーティスト。多摩美術大学卒業後、キリンビール株式会社に入社しサラリーマンの傍らマンガを制作。85年に単行本『エレキな春』でデビューし、94年に独立。2001年『弥二喜多 in deep』で、第5回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞。14年、紫綬褒章を受章。近年は絵画、映像、インスタレーション作品も多く、現在は日比谷図書文化館で北斎の浮世絵をパロディする『しりあがりさんとタイムトラブル 江戸×東京』を開催中(2024年6月23日まで)。

自分は“笑われる笑い”を 描こうと思った

早速ですが、最近「まぬけだな」と思ったことはありますか?

しりあがりセンパイ
なんかあったかなぁ。あ、この前、大分の湯布院に友人たちで集まって話してたんだけど、ある人の名前が思い出せなかったの。ググるのはダメってことにして、みんなで「あ」から順番に考えたけど、全然わかんない。1時間くらい延々と考え続けたんだけど、「ああ、なんて生産性の低い時間だろう」って(笑)。結局「ヤマオカ」だったんだけど、振り返って「俺たちはあの時、貴族だったね」って喜んでさ、あれはまぬけだったなぁ。

素敵なエピソードをありがとうございます(笑)。

しりあがりセンパイ
でもそうやって考えてみると、まぬけな方がいいですよね。まぬけの方が人に警戒されないし、好かれるもんね。能ある鷹は爪を隠すとか言うけど、嘘でもまぬけなフリしてた方がいいよね。まあ、フリだとしたら本当はまぬけじゃないんだろうけど。

しりあがりさんのマンガには、風刺的な表現やナンセンスなキャラクターがよく描かれています。それらにもまぬけさを感じるのですが、意識されていますか?

しりあがりセンパイ
まぬけというか、「笑わせる笑い」と「笑われる笑い」はすごく意識していて、マンガを始めた時に自分は笑われる笑いを描こうと思ったのね。「下手だしバカだなぁ」とか「ダメじゃん」って思われるようなやつ。で、笑わせる笑いは、上手な漫才とか落語みたいに技術があって、何度聞いてもおもしろいようなものだよね。会社で働きながらマンガを描いていたんだけど、俺は技術も経験もないから「笑わせる」のは無理だけど、「笑われる」のはいけるかなと思って。

しりあがりさんのマンガや絵画作品のZINE。膨大な作品のごく一部ですが、毒がありつつシュールな世界観が、こだわりの装丁からも伝わってきます。

「笑われる笑い」を目指したということですが、会社で働きながらマンガを描いていた頃の日々そのものはけっこうハードじゃなかったですか? なんでも、仕事後に飲んで帰ってからマンガを描いてたとか。

しりあがりセンパイ
いやぁ、全部楽しかったからね。欲が深いんだよね。会社は商品開発の部署にいてやりがいもあったし、頑張れば結果も出たし、おもしろかった。マンガもマンガで、描くと人が笑ってくれるでしょ。しかも、知らない人たちが向こうから「あのマンガ描いた人でしょ?」って寄ってきてくれることもある。そんな感じで、会社の仕事もマンガも楽しかった。

だけど、とにかく眠いんだよな。若い時ってすんごく眠い。そこだけ辛かったね。今は逆に時間はあるのに全然寝れなくなっちゃった(笑)。

根本にあるのが 「答えはない」ってこと

お話をうかがったのはしりあがりさんの仕事場。奇妙な人形やイベントで制作した小道具、過去の作品などが所狭しと並んでいます。

昔はまぬけどころか、間が詰まっていたんですね。

しりあがりセンパイ
若い頃はその方がえらいと思ってたの。でもさ、世の中ってほら、隙間だらけじゃん。科学の話にしろなんにしろ、わかってることなんてもうぽつぽつあるくらいで、「間」ばっかでしょ。宇宙空間だって、ほとんどが間で、たまに星があるだけだよね。「無」と「有」の関係も、そんなもんかもしれないね。無の中に有がぽつぽつあるみたいなさ。……なんか、大袈裟だな。言ってて恥ずかしくなってきた(笑)。

だけどさ、世間を見ていると、ポツポツわかっていることだけ繋ぎ合わせて、全部わかったかのように言ってるんじゃないかな? と思うものも多いよね。

「わかったつもり」になって安心したい気持ちは多くの人が持ってると思います。なので、しりあがりさんが別のインタビューで「わからないことをわからないままにしておく」と話されているのが心に残りました。

しりあがりセンパイ
ずっと昔に、そもそもこの世界は本当にあるのかどうかがわかんなくて、色々本を読んでみたけど、誰も「ある」って言ってくれなくてさ。結局の話、わからないんだよね。今見ているこの世界が夢かどうか、証明できないじゃない。昔のえらい人が「我思う故に我あり」って言ったけど、消去法的に「我」しか残んないから「とりあえず『我』を基本にするか」みたいなカンジで。だから、世界も「一応この世界はあるよね」って仮説の上で振る舞ってるわけだよね。仏教で「無常」というように、常なんてなくて常に変わり続けるわけだし。見つけたと思った答えだって、次の瞬間なくなるかもしれない。

世界の存在を疑いながらも、ずっと作品を作ってこられたのはなぜですか?

しりあがりセンパイ
いやまあ存在を疑うような作品ばかりだと思うけど(笑)。あと、サステナブル……って自分で言ってて笑っちゃうけど、持続可能な状況を作るには、やっぱり働かないといけないからね。
でも、楽しい瞬間ってあるじゃん。美味しいもの食べたり、人の名前思い出せなくてみんなで笑ったり、これから先もそういう楽しい瞬間がたくさんあるといいよね。

紫綬褒章も大学の先生も、 「授かりもの」だから

毎年行われるフェス「さるフェス」に登場するしりあがりさんのバンド「親戚」の小道具。ライブでは「オヤジの小言」をめくりながら、オヤジの小言を熱唱しています。

活動を続ける中で、紫綬褒章を受賞されたり、大学で教授を務めたり、世間的な評価も得ていらっしゃいます。

しりあがりセンパイ
まあねー、巡り合わせというか「授かりもの」というか。でもね、そういう肩書きを外した方が、ただのダメな変わり者のおっさんだってことがわかりやすいと思うよ。それに、えらい人として振る舞うのって大変なんだよね。緊張感があって、ミスできないしさ。油断のあるダメな人でいる方が楽だよね。

でも、人からよく思われたい気持ちを捨てるのは逆に難しいような気もします。

しりあがりセンパイ
そこだよ、そこ! ダメだけど、リスペクトされたい(笑)。その矛盾をこえるのが「ヘタウマ」みたいなアクロバティックな表現だよね。そこらへんが時代的にたまたまハマって、うまくいったかもしれないね(笑)。下手なら下手で、ダメならダメで、それをよく見せる方がいいじゃないって思ったんだよ。

自分にできないことをしない、という意味でもありますか?

しりあがりセンパイ
自分ができないことに挑戦していくのは尊いことだと思うよ。でも会社でブランディングをやっていた時、イメージを変えて新しいお客さんをつかまえるのは、ホント大変だった。ヘタすると、元々のお客さんがいなくなっちゃう。だから自分のできること、好きなことをまず基本にした方がいい、というか。

作家としてのブランディングも同じですか?

しりあがりセンパイ
商売の上ではお客さんと作り手をつなぐ信頼の証としてブランドは必要。だけど作家はそれすらも裏切って自由にやっていくのが理想だよね。俺は若い頃は毎回絵柄を変えていて、それでも最後に残るものが本当の自分だから、それを大切にしようと思った。でもね、今はそんなことしなきゃよかったなって(笑)。もうちょっと単純に、「しりあがりはこういう絵柄でこういうのを描く人」って浸透した方がシンプルでよかったかなって思う。でも、マンガ家としてのブランドよりも先に人間があるから、もうしょうがないよね。飽きっぽいし。

風通しをよくするのが まぬけの効能

3月に開催された展示「freedom dictionary展 in 由布院 しりあがり寿 個展『出現!由布院洞窟風呂』」より(©︎さるやまハゲの助)

最近はアートの分野での活動が盛んですね。特に墨絵はぬけがあって素敵です。

しりあがりセンパイ
部屋いっぱいに紙を貼って、完成図を考えずに自由に描いていくんだけど、もう天地創造する「造物主感」がスゴくてやめられない(笑)。この世界も意志じゃなくてグーゼンできたんだよ、きっと。あとは、作っている途中に「ヤバい! これやったらカッコよくなっちゃう」って思って、やめることも多いね。

どうしてですか?

しりあがりセンパイ
いかにもカッコいい状況って苦手。「こいつカッコよく見られたがってんな」って観る人に思われたらハズカシイでしょ。「カッコいい」って一番「カッコわるい」って、昔誰か歌っていたような気がするよ。

「カッコいい」はダメだけど、「おもしろい」はOKですか?

しりあがりセンパイ
OKですね。「くだらない」も好き。他のやつが考えないような、おもしろいことしてるやつだって言われたい欲はあるかも。あとイタズラ欲。子どもの頃、あんまり叱られなかったからか、世の中ではどこまでやって叱られるのか探ってるところがあるね(笑)。今のところ本格的に叱られた自覚はないから、もうちょっと攻めなきゃなぁ。でも、人に迷惑かけないようにね。

ぎりぎりの挑戦、楽しみにしています(笑)。

しりあがりセンパイ
そう考えた時、まぬけはいいですよ。風通しが良くなるよね。アイデアって、真面目に考えればある程度のところまで積み重ねていけるけど、そこからジャンプするのが本当に難しい。それは考えてどうにかなるもんでもなくて、お風呂入ってる時とか、歩いてる時とか、間が抜けてる時じゃないと思いつかないね。

なるほど、いいアイデアを生むためにもまぬけは必要ですね! 今日は、ありがとうございました。最後に、まぬけのセンパイとして後輩たちへアドバイスをお願いします。

しりあがりセンパイ
これからの時代は厳しい面も多いと思うから、「80%真面目、20%まぬけ」くらいがいいんじゃないかな。100%まぬけっていうのは、持続可能じゃないよね。だってまぬけって、マリオが光って無敵の時みたいなもんだから。そういう時に今まで見えなかったものが見えるかもしれないし、気分転換になるかもしれないし、何が起こるかはわかんないけどね。
まぬけの効能を知っておいて、いいタイミングで使うといいんじゃないかと思います。

間があって、貫けがある。
間貫けのハコへ、おかえりなさい。

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