vol.04

歌人
エッセイスト
上坂あゆ美さん

vol.4のセンパイは、歌人・エッセイストの上坂あゆ美さん。
これまでにみたことのない独特な視座で世界を切り取る短歌作品が話題ですが、ラジオパーソナリティ、エッセイスト、Podcast、スナックのマスターなど、マルチな才能を発揮されています。そんな上坂さんに、今を生きるヒントをたっぷり教えてもらいました。

上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)

歌人・エッセイスト。1991年生まれ、静岡県出身。東京都在住。 2022年2月に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)刊行。他、『無害老人計画』(田畑書店)、『歌集副読本』(ナナロク社)など。 銭湯、漫画、ファミレスが好き。

不必要な苦しみからは 全力で逃げる

2017年から短歌を作り始めた上坂さん。2022年に発表した第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』は、SNS上でも大いに話題になりました。

上坂さんの短歌作品は、切り口が鋭くて、まっすぐな言葉たちが胸にぐさぐさと突き刺さってきます。そういった作風は、ご自身の性格や生き方とどのように繋がっていると思われますか?

上坂センパイ
すごく言語至上主義なところがあります。人からどんな表情でどんな声色で言われても、同じ情報として処理してしまうんです。”額面通り受け取る”の極地で、言葉の”温度”を感じ取るのがとても苦手というか…。人の顔色を察知する機能が自分に備わっていない感じ。

言葉の温度…。興味深い視点ですね。

上坂センパイ
読者の方がどう思ってるかはわからないんですけど、私の短歌って「そんなことまで言っちゃうの?」っていうところが面白がっていただけている要素のひとつなのかなと。それは私からすると「これは言わない方がいい」みたいなラインがあまり存在しないんです。なぜなら、言語より大事なものがないから。狙ってそうしてるわけではなく、そうとしか生きれなかったという方が近いのですが、それが転じて作風になっているのかなと思います。

上坂さんはご自分の性格をどのようにとらえているのでしょうか。

上坂センパイ
納得できないと動けない性質があると思います。昔から、理由がわからないのにやらされることが本当に苦手でした。私はなぜ毎日学校に行って、Xの値を解かなきゃいけないのかとか、全然わからなくて。誰に聞いても教えてくれないんですよ。他にも学校という集団組織にはずっと馴染めなくて、あれは必要な苦しみだったのかな?という疑問は、大人になってからもずっとあります。

たしかに、よくわからないのにやらされていることは世の中にたくさんありますよね。

上坂センパイ
正直、何で自分が生まれたのかってことにすら未だに納得がいっていなくて。この顔でこの容姿で生まれることも、女性に生まれることも、そもそもこの世に生まれることも、自分は何も選択していないからわからない、誰か教えてくれ!という疑問がずっとあります。自己決定できないすべてのことに対してどうしても違和感を感じてしまう。大人になってからは自分で選んだことだけで周りを固めていくようにしています。苦しさの中にも、自分にとって必要な苦しさと不必要な苦しさがあると思っていて、不必要な苦しみからは全力で逃げることを心がけていますね。

人を頼れる人の方が強いし、 柔らかく生きられるはず

我々編集部は、連載を通して”まぬけ”という価値観を探求している最中なのですが、上坂さんはご自身に対して、”まぬけ”を感じることはありますか?

上坂センパイ
この取材のオファーをいただいたときに、自分は”まぬけ”にずっと憧れている側の人間だなと思ったんです。まぬけになりたくてもなれないというか。

と、言いますと?

上坂センパイ
最近はそうでもないですけど、10代の頃は「この世は生きるか死ぬかだ」と思って毎日生きていました。1人だけ進撃の巨人みたいな……常に臨戦態勢な感じでしたね。

まるで戦国時代の武士のようなマインドですね。

はい、本当にそう思います(笑)。振り返ると、家庭が複雑だったり、自分だけ浮いていて馴染めなかったり、クラスでハブられたり……みたいなことがあったので、そういった経験から孤独が深まり、武士のようなマインドになってしまったのかなと。

今の柔らかい雰囲気からは想像できないのですが、臨戦態勢な10代から今までで、どのような心の変化があったのでしょうか。

上坂センパイ
多くの人と関わった経験から心の持ちようは変わっていったと思います。広告代理店に勤めていたころ、上司が本当に“まぬけ”を体現したような人だったんです。他者に寛容で、ゆとりが常にあって。めちゃめちゃ働くから忙しいはずなのに全然表に出さなくて、朗らかで、人の悪口言わなくて…。そんな素晴らしい人なのに、野菜と魚と卵が嫌いで肉とお菓子が大好きみたいな。それを聞いた時に、あっまぬけだ!と思いました(笑)。すごくキュートな人でした。

素敵な上司ですね!

上坂センパイ
私、社会人になりたての頃って友達がほぼいなかったんですよ。でも、上司をはじめいろいろな人と出会いを通して、他者を”敵”って思わない方がいいなとか、ゆとりがある方がかっこいいとか、人に寛容に接した方がかっこいいということに気がついてから、友達が爆増しました。
「自分は1人で生きてやるんだ、他人は敵だ」っていう思想の人って、7、80点は出せるのかもしれないけど、100点120点は出しにくいと思う。1人じゃなく他の人の手を借りた方が大きなことが成せるのは当たり前だし、そもそも人間は弱いものなので、他者と関わらないと生きづらいという前提があると思います。そうなると、自分の弱さを認められる人の方が強い。
上司とか友人とかと出会う中で、「自分1人で全部やれる」と思う人は、逆に弱い人だなと思うようになりました。人を頼れる人の方が強いし、柔らかく生きられるはずだと、今は思いますね。

自分の心の船が 何人乗りかを知る

多くの人と関わる中で、上坂さんが人と人との間合いを心地よくするために、心がけていることがありましたら教えてください。

上坂センパイ
全てのことは、人それぞれ違うと思います。特に生き方って、全員にとっての絶対的な正解なんて存在しなくて。結局、自分に適切な操縦方法やルールを知るっていうことが、より良く生きるための方法なのではないかなと。なので、自分の船が何人乗りなのかを知るといいと思うんです。

船、というと?

上坂センパイ
”船”は人と人との距離であり、自分が持てる気持ちの大きさをイメージしたものです。たくさんの人と関わった方がいい人、限られた人としか関わりたくない人、誰とも関わりたくない人ってそれぞれいると思うんです。それを、自分という船の乗船人数だと考えていて。例えば自分の船が2人乗りだった場合、大事な人1人を乗せるので精いっぱいだから、多くの人を乗せると辛いはず。でも反対に、たくさんの人が乗れる船だった場合、1人しか乗ってないのは生きづらく感じると思うんです。よく「友達は多い方がいい」とか言われがちだけど、そういうものじゃないよなと。自分の船のサイズを知ることが、楽しい生き方に繋がると思っています。

それは大変興味深いです。ちなみに、上坂さんの船は何人乗りなのですか?

上坂センパイ
私の船は馬鹿でかい豪華客船です。例えるなら、カイジに出てくるエスポワール号みたいな。めちゃめちゃ人が乗るんですよね。

そんなに大きいとは……!それって疲れたりしないんですか?

上坂センパイ
もちろん人間なので、気が合わない人とか乗って欲しくない人はいますし、乗船ルールもあったりしますけど、基本的にいろんな人が関わってくる方が心地よいタイプです。むしろいっぱい乗れるのに1人しか乗ってないときの方が依存しやすくて怖いなと思っています。私は人に対するエネルギーが腕力でいうとゴリラに近いので、それを1人だけに向けると大変なことになってしまって。そういう意味で、いろんな人とまんべんなく接した方が、世界のためにもいいのでは、と思っています(笑)

Twitterから青い鳥が消えたとき、 やりたいことをやろうと思った

上坂さんは今、歌人としてだけでなく、エッセイやPodcast、スナックのマスター、ラジオのパーソナリティなど、さまざまなことに挑戦されていますよね。そのマルチな活動の原動力って、いったいどんなところから来ているのでしょうか?

上坂センパイ
“できる”ことと、”やりたい”ことは別だなと考えているのですが、やりたい!と思うことは、全部やった方がいいと思いはじめました。これだけ資本主義が発達した世の中で、明日どうなるかわからない危うさがあるなと常日頃考えていて。Twitterから青い鳥がいなくなって、あらゆることが簡単に変わってしまうんだなと実感した時に、もう人の目なんてどうでもいいなって。

たしかに、青い鳥がいなくなったのは、衝撃でしたよね。

今までは”生きる”ということが、自分という年表に歴史を刻んでいくような感覚がありました。その年表を俯瞰で見たときに、美しいと思える人生にしたいという気持ちがあったんです。例えば”短歌一筋何十年”みたいな方が、俯瞰で見た時にかっこいいかなって。でも、実際誰も私の人生を俯瞰で見ないし、いつ何が起こるかわからない。だからこそ、今自分が楽しいと思えることを優先した方がいいはずだって、TwitterがXになったときに思いました。

そういう気持ちの変化があったのですね。

上坂さんと鵜飼ヨシキさんによる雑談配信『私より先に丁寧に暮らすな』。人生の呪いからファミレスの好きなメニューの話まで幅広くお届け。

上坂センパイ
でも、葛藤はもちろんあります。短歌一筋何十年でずっとやってきた方々がいるから、今私がこうやって短歌というものに出会えているわけで。そういう方々に失礼かもなと思うけれど、そう思ってしまう自分を「いいからいいから……」って、なだめつつやっています(笑)

これからも多方面でのご活躍、楽しみにしています! 最後に、一歩先を行く「まぬけのセンパイ」として、後輩へのやさしい声かけをお願いします!

上坂センパイ
私はたった33年しか生きてないけど、その中でも今って世界的にもかなりしんどい状況だなと思います。ガザでは虐殺があって、政治家は裏金を貯め込んでいて、いくら投票しても社会が変わる実感も希望もなく、SNSでは他人の悪口が飛び交っていて……。
“ゆとり”や”まぬけさ”を持つことで、とにかく誰も死なないでほしい。べつにかっこいいまぬけにならなくてもいいけど、死を遠ざけると言う意味でも、自分もみんなも、ゆとりが持てるといいなと思いました。自分も頑張ります、死なないように。

間があって、貫けがある。
間貫けのハコへ、おかえりなさい。

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